尿路の細胞診

はじめに

尿路は、腎、尿管、膀胱および尿道から構成されます。膀胱底部には、前方を向いた尖部をもつ三角形の領域である膀胱三角があります。尿道はこの膀胱三角の尖部を起点として膀胱から出ています。女性の尿道は短く、陰核後部の前庭に開口します。男性の尿道は前立腺および陰茎を貫通しています。

腎盂、尿管、膀胱および尿道の内面は、高度に分化した独特の上皮であり移行上皮とも呼ばれる「尿路上皮」に覆われています。尿路上皮は、基底膜上に位置する立方様細胞からなる基底層、中間層およびアンブレラ細胞と呼ばれるきわめて大きな多核性の細胞からなる表層により構成されます。尿路上皮には、有毒な尿との間に防壁を形成し漏出を防御するという独特の特徴があり、膀胱の正常な生理的機能に相関して伸縮する性質があります。

成人女性の50%および一部の男性の膀胱では、膀胱三角が扁平上皮に覆われていることもあります。粘液産生上皮の領域を認めることもあります。

検体採取
排泄尿: 最も容易に採取できる泌尿器検体です。排泄尿には以下のようなものがあります。

  • 自然排泄尿
  • 水分補給後の排泄尿
  • 24時間蓄尿
  • 回腸導管尿

腫瘍細胞の検出に最も利用しやすい泌尿器検体は自然排泄尿で、2週間に渡り少なくとも3回採取します。回腸導管尿は、できる限り新鮮なものでなければなりません。

洗浄液
洗浄液は、膀胱、尿管、腎盂、尿道盲端部、新膀胱および回腸導管より採取します。膀胱の触診または生検の前に、生食水50mlで洗浄します。

擦過物
擦過物は、膀胱または尿路上皮系組織より採取します。採取後、スライドにブラシを直接こすりつける(直接塗抹法)か、Cytolyt®でブラシをすすぎThinPrep®用に調製します。

洗浄液および擦過物には排泄尿よりも細胞が多くみられる傾向がありますが、診断に必要な因子は排泄尿にのみ現れることもあります。

泌尿器細胞診の正常成分
通常、泌尿器細胞診が必要になるのは、原因不明の血尿、排尿時の刺激症状のある患者、膀胱癌の疑われる患者、膀胱癌の再発がないか経過観察を受ける患者です。

正常な尿路上皮細胞
正常な尿路上皮細胞に多くみられる細胞成分は、数、大きさ、形状に大幅なばらつきがあります。単核の円柱細胞、立方細胞、傍基底細胞または多面細胞が認められます。アンブレラ細胞は大型で、多核のものもあり、表面は膀胱の内腔に対応して平坦または凸状です。細胞質は、青からグレーまでさまざまな染色性を呈し、時に微細な空胞化がみられます。核は中央に位置し、クロマチンは細顆粒状で、小型の核小体がみられます。核の形状は円形から楕円形までさまざまです。二核化がよくみられます。尿管または腎盂からの検体では通常、大型アンブレラ細胞を認めます。膀胱洗浄液には通常、円柱状細胞が出現します。これは尿路上皮由来のものと考えられます。この細胞は細胞質尾部が薄く、孤立性にみられることもあれば集塊状にみられることもあります。

尿路上皮集塊および乳頭状破片
正常な排泄尿の約20%に尿路上皮の集塊が含まれます。尿路上皮が剥離しやすい膀胱洗浄液、カテーテル尿および擦過物ではきわめて多くみられます。乳頭状尿路上皮腫瘍の解釈は慎重に行う必要があり、そのほかの所見との相関性がみられるものでなければなりません。カテーテル尿、膀胱洗浄液、尿管および腎盂の洗浄液および擦過物では、尿路上皮の集塊は頻繁にみられる所見であることを念頭に置く必要があります。この集塊のなかの細胞には濃染性のものも淡染性のものもあり、1つ以上の核をもちます。集塊の片面を傘状に覆うアンブレラ細胞が認められることもあります。このような集塊の存在は診断の落とし穴であり、N/C比およびクロマチンパターンの変化を伴わない限り、癌であると診断することはできません。

扁平上皮細胞および腺細胞
扁平上皮細胞は、外性器からの混入により存在するほか、膀胱三角より正常な膀胱の成分が剥離することにより認められることもあります。その数はさまざまです。正常な化生性変化または腺性膀胱炎の成分として、分泌性の円柱上皮細胞および腸上皮化生細胞がみられることがあります。

その他の所見
通常、泌尿器標本中には血液および炎症はみられません。これがみられるということは、外傷、感染症または腫瘍があることを示します。ThinPrepでは、炎症は軽減され、血液細胞は背景に溶解した状態で認められます。好酸球の存在は薬剤誘発性の間質性膀胱炎に起因するものです。

尿細管上皮細胞および尿円柱
硝子円柱は無定形の好酸性タンパク様物質で、顆粒円柱は変性した尿細管上皮細胞で構成されます。尿細管上皮細胞は小型の円柱状細胞で、シート状に認めることもあれば孤立性に出現することもあります。

前立腺細胞および精嚢細胞
前立腺細胞は小さなシート状の形で出現する立方様細胞で、核は円形で、時に小型の核小体をもちます。精嚢細胞には著明な異型性があり、細胞質に琥珀色の色素が含まれます。精子および類澱小体がみられることもあります。類澱粉体は薄板状の非石灰化小体です。

球状または硝子状の封入体
尿路上皮細胞内には赤色または青色の球状封入体がみられることがよくあります。これは変性変化を示すもので、ウイルス由来のものではありません。

尿中には紛らわしい結晶が存在することがあります。この結晶を具体的に特定する必要はありません。通常の尿検査でみられる成分です。

回腸導管尿
回腸導管尿は通常サーベイランスのために採取します。結腸粘膜は刺激の強い毒性の環境に曝露しているため、変性変化が多くみられます。細胞はマクロファージに類似しており、核崩壊、核濃縮があり、細胞質内に赤色の封入体が多量にみられます。背景に細胞質片および細菌がみられます。このような像から悪性腫瘍を検知することは容易ではありません。悪性腫瘍独特の特性がみられる細胞をもとに診断する必要があります。

良性疾患の泌尿器細胞診
感染症
細菌感染症のような炎症症状があると好中球数が増大します。核肥大がみられ、核小体が目立つほか、背景に細菌を認めるというような反応性変化が生じます。壊死および変性が生じることもあります。

肉芽腫性炎症
明らかな肉芽腫を認めることはきわめてまれです。肉芽腫は、結核患者、BCG治療を受けた患者および術後の患者にみられることがあります。肉芽腫は柵状配列の細長い組織球を呈し、大型細胞および壊死がみられることもあります。

真菌感染症
最もよくみられる真菌感染症はカンジダ症で、偽性菌糸または胞子を認めます。女性患者では、膣からの混入により認められることもあります。しかし、腎移植患者または免疫抑制患者に真菌がみられる場合は、真の感染症であることを示すもので、適切な管理が必要です。

ウイルス感染症
尿路系細胞診でよくみられるウイルス感染症は、AIDS、腎移植、癌治療などによる免疫抑制患者に認められるサイトメガロウイルス、ヘルペスウイルスおよびポリオーマウイルスです。

  • サイトメガロウイルス(CMV): 輪状の辺縁性クロマチンに包囲された大型の好塩基性核内封入体がみられるのが特徴です。このほか巨大細胞および細胞質封入体もみられます。
  • ヘルペスウイルス: 細胞の多核化がみられ、圧排されたスリガラス様の核および好酸性の核内封入体を認めます。
  • ヒトポリオーマウイルス: ポリオーマウイルスは幼少期に感染するウイルスです。移植、化学療法、AIDS、糖尿病などによる免疫抑制状態で活性化します。感染細胞の大きさはさまざまです。ポリオーマウイルスにみられる封入体は、主に好塩基性の不透明な核内封入体で、核を満たしています。このほか、ウイルス粒子の滲出により網状のクロマチンパターンを示す核もあります。ポリオーマウイルスによる変化は尿路上皮癌と見誤りやすいため、感染細胞は「デコイ細胞」とも呼ばれます。ポリオーマウイルスと癌とが併存することもあります。
  • 寄生虫感染: 風土病流行地域または米国の移民集団では特に住血吸虫の卵がみられることがあります。これは、尿路上皮の扁平上皮化生(白斑症)および扁平上皮癌の原因になるものです。
  • 反応性、修復性の変化

  • 尿路結石: 結石が存在すると、大型の尿路上皮集塊および乳頭状破片がみられ、尿路上皮細胞の大きさおよび形状に著明なばらつきがあり、過染がみられます。結石による異型はきわめて高度のこともあり、悪性疾患の可能性を否定するためさらに精密検査が必要になることがあります。細胞像は、核肥大、多態性、N/C比の増大、粗く濃いクロマチン、核小体の目立ち、変性および壊死がみられます。
  • 化学療法の影響: シクロホスファミドは、尿中に濃縮され排出されるため、著明な細胞異型をもたらします。これにより、著明な細胞肥大、核の肥大および離心、核膜の不整、過染および粗いクロマチンがみられます。大型の不整な核小体もみられます。多核化もよくあり、細胞質には空胞化がみられます。核濃縮および核崩壊が認められます。ブスルファンは、細胞異型をひき起こし、高異型度尿路上皮癌によく似た像を呈します。チオテパ、マイトマイシンおよびBCGのような膀胱内注入薬は、尿路上皮への影響が比較的軽度で、多核化、なめらかな核輪郭および複数の小型核小体がみられます。細胞質には空胞を認めます。
  • 放射線による変化: 放射線による変化によって、巨細胞およびN/C比の減少がみられます。多核化および大型核小体がみられ、核および細胞質の空胞化も認められます。細胞質に好酸球増加および多染性がみられるのが特徴です。さらに、炎症細胞を伴い背景に破片がみられることもあります。
  • レーザー治療または焼灼による変化: 紡錘型の細胞および細長い細胞がみられることがあります。

尿路上皮腫瘍
尿路上皮腫瘍には、乳頭状のものと非乳頭状のものとがあり、膀胱、尿管または腎盂の尿路上皮より発生します。 発生部位の構造にかかわらず、いずれも共通の特徴をもちます。同時性にも異時性にも、尿路全体に及ぶ腫瘍をみることはまれです。 現行のWHO/ISUPでは尿路上皮腫瘍を以下のように分類しています。

  • 乳頭腫
  • 低悪性型乳頭状尿路上皮新生物(PUNLMP)
  • 低異型度尿路上皮癌
  • 高異型度尿路上皮癌

高異型度尿路上皮癌
細胞診では、脱分化細胞の存在から、比較的容易に高い感度および特異度で高異型度尿路上皮癌を診断することができます。標本の背景には異型性の尿路上皮細胞集塊および孤立性の悪性細胞が多数みられます。細胞のまばらな標本もあります。細胞のN/C比は高く、著明な多形性がみられます。核は離心性のものが多く、過染性の粗いクロマチンおよび大型の不・;な核小体を認めます。核膜は肥厚し、有糸分裂がみられることもあります。細胞質は辺縁が不明瞭で好青性を示します。

低異型度尿路上皮癌
低異型度尿路上皮癌は全般的に診断の感度および特異度が低くなります。細胞像は、細胞密度が高く、乳頭状ないし非乳頭状の尿路上皮細胞集塊が多数存在するのが特徴です。集塊の細胞はN/C比が高く、緊満感があります。核は不規則で切れ込みや溝を認めます。クロマチンは顆粒状で均一に分散しています。核小体は不明瞭であるか存在しません。

低悪性型乳頭状尿路上皮新生物(PUNLMP)
細胞診断学的に有用な診断基準がありません。尿路上皮細胞集塊および乳頭状葉状体が多数にみられるほか、低異型度尿路上皮癌、器具や結石によるアーチファクトと見分けのつかない細胞像が認められます。

上皮内癌(CIS)
CISは平坦型病変で、多くの浸潤性尿路上皮癌の前駆段階となるものです。尿路上皮内癌は多病巣性で、膀胱鏡では視覚化されないため、検出するには細胞診が重要な役割を果たします。細胞像は基本的に高異型度移行上皮癌と同じ特徴をもち、細胞が分散していることもあれば、小さな集塊を形成していることもあります。細胞は大型でN/C比が高く、離心性および過染性の核がみられ、核小体が目立ちます。素因性の腫瘍細胞である場合、浸潤が疑われますが、細胞診だけではCISであるか浸潤があるかの明確な診断はできない点を強調しておきます。

その他の悪性疾患
扁平上皮癌
米国では扁平上皮癌は比較的まれです。住血吸虫症との間に強い因果関係があります。この場合は通常、腫瘍は高分化型です。尿路上皮癌には限局性の扁平上皮分化がみられることが多く、尿細胞診では悪性扁平上皮細胞のみ観察されることがよくあります。

異型性の強い有核扁平上皮細胞とともに無核扁平上皮細胞を認めることもあります。著明な核多形性のほか、高密度の過染性核および大核もみられます。細胞質は大きく、紡錘型およびオタマジャクシ型です。細胞間橋およびケラトヒアリン顆粒のほか、ケラチン真珠が認められます。非角化型扁平上皮癌はさらに尿路上皮癌との区別が難しいことがあります。

腺癌
膀胱の原発性腺癌はまれで、膀胱癌全体の2%未満です。細胞には典型的な悪性の特徴がみられ、大型の離心性核を認め、クロマチンが開き、核小体が目立ちます。細胞質は大きく、粘液空胞がみられます。高異型度尿路上皮癌の一部に腺癌細胞がみられることもあります。

その他の腫瘍
時に小細胞癌またはリンパ腫をみることがあります。診断は従来の形態学的基準に従います。

転移性腫瘍
膀胱洗浄液および尿の細胞診では、まれに前立腺腺癌細胞がみられます。通常は集塊状に配列し、核小体が目立ちます。 同じように、腎細胞癌から剥離した細胞がまれに尿または洗浄液中に出現することがあります。細胞には変性がみられ、細胞質の空胞化および大型の核を認め、核小体が目立ちます。

子宮頸部の扁平上皮癌および腺癌のような女性生殖管腫瘍、卵巣および結腸の高異型度扁平上皮腫瘍などが、膀胱壁を越えて浸潤したために出現することもあります。

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