胸膜腔、心膜腔および腹膜腔滲出液の細胞診

はじめに

体腔またはその周辺組織に疾患過程があるために、滲出液が体腔部に貯留します。体液が貯留する体腔は(左胸腔または右胸腔、腹腔および心膜腔の)4か所に限られますが、滲出液の原因は多数あります。滲出液標本の細胞診を正確に解釈するには、病歴、疾患、X線所見および滲出液の化学的組成に関する知見が役に立ちます。基礎的な診断を問わず、胸膜、腹膜および心膜から得られた滲出液標本の評価には、臨床医が細胞診の寄与を高く評価しています。固定およびスライドの処理が申し分のないものであると、 このようないずれの体組織から生じる体液も正確に評価することができます。細胞診と細胞ブロック作製とを併用すると、診断感度が改善されることがあります。

臨床
体液貯留には、以下の4つのカテゴリーがあります。静水圧、感染症、非感染性炎症および悪性腫瘍による貯留です。さらに、滲出液の化学的分析により、漏出性の標本と滲出性の標本とに識別することができます。漏出液は基本的に血漿が限外濾過されたものであるため、タンパクの含有も、細胞数も少なくなります。古典的には、心不全ないしタンパク/電解質の平衡異常により、漏出液が生じます。反対に、活発な炎症性の反応が体腔部に及ぶために、滲出液の細胞数が多くなることがよくあります。

静水圧で滲出液が発生していれば、血管内圧または血漿膠質浸透圧の均衡が崩れているか、毛細血管透過性が増大しており、これにより血漿成分の体腔への流入に至っていることを示しています。細胞内の含有量に比べて、滲出液の量がはるかに多く、滲出液中のタンパク値が低くなっています。この種の滲出液の細胞診標本からは、良性中皮細胞、炎症細胞、場合によっては人工的出血を反映する血球が少数得られます。中皮細胞が良性であることを確認するのは容易であり、反応性変化がほとんどみられません。このように、心不全は静水圧性滲出の古典的原因です。肝不全に腹水がみられることがあるのと同じく、膠質浸透圧平衡異常によっても滲出液が生じます。

体腔部のいずれの部位にも感染性浸出液が発生することがあり、病原微生物の侵入による直接的作用によるものも、炎症による副産物によるものもあります。炎症性細胞および中皮細胞が構成成分の大半を占めています。炎症反応の特徴は、攻撃してくる微生物に対する解決策を示すものになります。たとえば、リンパ球が高濃度であると、結核であることがわかります。この場合、グラム染色法および抗酸性染色法が有用です。ときに真菌感染症が認められることがあります。特殊染色を応用し、ThinPrepスライド作製により、このような微生物を同定することが可能になります。中皮細胞の細胞診評価では、有用な特徴である反応性変化が連続して認められます。細胞診から得られる手がかりから、病理検査では追加検査や培養が申請され、臨床では鑑別診断が判定されます。

非感染性炎症による滲出液が認められれば、自己免疫性の基礎疾患(関節リューマチ、全身性エリテマトーデスなどの)か、組織の壊死または放射線療法などの刺激に対する反応性の基礎疾患を示しています。炎症には種々のものがあり、中皮細胞が、通常これに連なっている異型の範疇にあることを示し、良性疾患の前兆となります。

体液滲出の細胞診評価では、悪性の滲出液が最も重要な懸念となります。細胞診検査士は過去から現在までの病歴を認識しておく必要があり、顕微鏡検査への先行試験として、滲出液の化学組成および外観(清澄、血液混入、一部凝固)の知見が有用です。悪性の滲出を診断するのは、背景の良性中皮腫細胞と個々の細胞集団との識別です。この中皮細胞は、(中皮腫患者では)一様な癌細胞集団として、(転移性腫瘍患者では)反応性中皮細胞の背景に見られるもう1つの集団ないし異なる集団として存在します。

男性の胸膜腔に発現することの最も多い腫瘍は、肺の転移性腺癌であり、これに転移性の消化器系腫瘍が続きます。女性では、転移性乳癌が最も多く、肺癌および卵巣腫瘍の転移がこれに続きます。男性で最も多い転移性腫瘍は、腹膜滲出液では消化管に由来するもので、これに膵臓と肺の腫瘍が続きます。最も多い転移は、女性では卵巣に由来するもので、これに消化器と膵の転移が続きます [14]。また、心膜組織に及ぶ転移性悪性腫瘍により、心嚢が発生します。

細胞診
熟練した細胞診検査士であれば、以上の部位に由来する細胞の診断には確実なルールも不変のルールもないことを理解しており、正確な診断を得るには細胞診の基準に則って臨床データを検討する必要のあることを認識しています。ときには、確定診断に至るまでに特殊染色法、免疫組織化学検査、フローサイトメトリーおよび遺伝子再構成試験などが必要になることがあります。

諸因子が絡みあって細胞診の評価を難しくしています。炎症性であり反応性である中皮細胞の存在は、良性の集団と悪性の集団との間に連なっているような錯覚を起こさせ、両者の存在を不明瞭なものにしています。体腔部に被包形成があると、穿刺吸引法では届かない部分に癌細胞を孤立させることになります。滲出液が凝固していると、悪性細胞を封じ込めることがあるため、細胞診による評価にこれを適用することはできません。細胞診では、癌細胞が少数しか存在しないと確定診断を下すのが難しいと考えられています。正確な診断に至るには、滲出液を再度吸引することが必要になります。このような欠点はありますが、臨床では、あらゆる滲出液の全精密検査に絶対必要な部分として、細胞診の評価が依然として求められています。

腺癌の診断学的特徴には、細胞数20個以上の集団が立体的に丸く固まった「キャノンボール」と呼ばれる腫瘍の存在があり、乳頭状かつ腺房状に形成されます。ある種の転移性腫瘍には、これ以外に砂粒小体、環状細胞またはムチン産生など明確な特徴をもつものがあります。成人ではリンパ腫が滲出液の原因になることは少ないですが、小児では白血病に並んでリンパ腫も悪性滲出液の最も多い原因になっています。特徴的な孤立性細胞である単形性型のリンパ悪性細胞は、癌との鑑別を容易にしますが、患者の既往歴、組織病理学的相関や補助的諸試験なくして、特定の細胞腫を判定することは困難です。

中皮腫は腺癌ほど多くはなく体腔のいずれにもどこにも発症しますが、ほとんどが胸膜腔にみられます。細胞診診断には、患者の病歴のうち特にアスベストへの曝露とX線写真のデータを補足することが必要です。

中皮腫の特徴には悪性細胞の一様の集団があり、精査では良性ないし反応性の中皮腫細胞と連なって見えます。細胞は孤立性であることも、細胞20~100個が集塊をなしていることもあります。細胞質の密度には均一性がみられ、核には拡大と異型性がみられます。波状縁の細胞質により、シート状細胞にも集塊細胞にも、隣り合う密着した細胞間に細胞内の「窓」である明るい間隙が見えます。以上の基準は、診断の精度を高めるのに同時に用いる必要があります。中皮腫には、腺癌に似た腺状かつ乳頭状の特徴が見られることから、細胞の形態により、この鑑別診断の価値が限定されることがあります。中皮腫細胞はこのほか、孤立性細胞として存在することも、小さな集団で存在することもあります。この場合、病理医は診断の評価を完了するのに免疫組織化学的染色を用いることが必要とされます。以上の検査が必ずしも有用であるとは限らず、病理学的精密検査では、診断を確定するために胸腔生検、縦隔生検、場合によっては切開による生検など診断学的検査の補足を遅らせてはならないことに留意する必要があります。

参考文献:

  1. Illei PB, Ladanyi M, Rusch VW, Zakowski MF: The use of CDKN2A deletion as a diagnostic marker for malignant mesothelioma in body cavity effusions. Cancer (Cancer Cytopathol) 2003;99(1):51-6.
  2. Kim SH, Milsom JW, Gramlich TL et al: Does laparoscopic vs. conventional surgery increase exfoliated cancer cells in the peritoneal cavity during resurrection of colorectal cancer? Dis Colon Rectum 1998; 41(8):971-8.
  3. Kobayashi TK, Ueda M, Nishino T, Tamagaki T, Watanabe S, Kushima R: Malignant pleural effusions due to adeno-endocrine-cell carcinoma of the appendix: A case report. Diagn Cytopathol 1997; 16:522-525.
  4. Mensch LS, Weller L, Simmons-Arnold L, Gibson PC, Leiman G, Beatty B: GLUT1 antibody staining in thin-layer specimens of benign and malignant body cavity effusions. Acta Cytol 2002; 46(5):813-8.
  5. Stopyra GA, Warhol MJ, Multhaupt HAB: Utility of CK7 and CK20 immunohistochemistry in the detection of synchronous breast and colon carcinoma in a pleural effusion: A case report and supporting survey of archival material. Diagn Cytopathol 2001;25(1):54-8.
  6. Wakely Jr. PE, Menezes G, Nuovo GJ: Primary effusion lymphoma: Cytopathologic diagnosis using in situ molecular genetic analysis for human herpesvirus 8. Mod Pathol 2002;15(9):944-50.
  7. Weir MM, Bell DA: Cytologic identification of serous neoplasms in peritoneal fluids. Cancer (Cancer Cytopathol) 2001; 93:309-18.
  8. Chhieng DC, Ko EC, Yee HT, Shultz JJ, Dorvault CC, Eltoum IA: Malignant pleural effusions due to small-cell lung carcinoma: A cytologic and immunocytochemical study. Diagn Cytopath 2001; 25(6):356-360.
  9. Fetsch PA, Simsir A, Brosky K, Abati A: Comparison of three commonly used cytologic preparations in effusion immunocytochemistry. Diagn Cytopathol 2002;26:61-66.
  10. Fetsch PA, Abati A: Immunocytochemistry in effusion cytology: A contemporary review. Cancer (Cancer Cytopathol) 2001; 93(5):293-308.
  11. Han AC, Filstein MR, Hunt JV, Soler AP, Knudsen KA, Salazar H: N-cadherin distinguishes pleural mesotheliomas from lung adenocarcinomas: a ThinPrep immunocytochemical study. Cancer 1999; 87(2):83-6.
  12. Schofield K, D’Aquila T, Rimm DL: The cell adhesion molecule, E-cadherin, distinguishes mesothelial cells from carcinoma cells in fluids. Cancer (Cancer Cytopathol) 1997; 81: 293-298.
  13. Florentine BD, Sanchez B, Raza A et al: Detection of hyperdipliod malignant cells in body cavity effusions by fluorescence in situ hybridization on ThinPrep slides. Cancer 1997; 81:299-308.
    Texts:

  1. Tao, Liang-Che: Cytopathology of Malignant Effusions. Chicago, IL. ASCP Press, 1996.

トップに戻る

CytologyStuff