呼吸器の細胞診

はじめに

細胞学的方法による肺癌の診断は、剥離した細胞を評価することによって悪性腫瘍を診断することができることが早い時期に明らかにされたため、歴史的に関心が寄せられてきた方法です。1845年、DonneおよびWalshはそれぞれ、剥離した呼吸器細胞が喀痰中に認められることを明らかにしました。1919年、ある程度の患者数を対象として肺癌の診断に喀痰検査を初めて導入したのはHamplenであり、25例中13例の診断に成功しました。しばらく重要な報告がない期間が過ぎたのち、1970~1980年代にかけて呼吸器の細胞診は急速な発展の時期を経ました。なかでも、呼吸器にみる悪性腫瘍、感染性ならびに炎症性肺疾患の診断にあたり、開胸肺生検や経気管支生検に代わる方法として穿刺吸引細胞診の有用性が明らかにされました。この時期には、放射線領域に技術的進歩が認められ、微細な病変の撮影や画像ガイド下による吸引生検が可能になったほか、気管支鏡のデザインが改善されました。

呼吸器の細胞診の価値はこの40年間に、感染性ならびに炎症性肺疾患を診断する手段として、特に明らかなものとなりました。1980年代には、後天性免疫不全症候群(AIDS)の発現とともに強力な免疫抑制療法が用いられるようになり、呼吸器の細胞診はきわめて重要なものとなりました。いずれも患者はPneumocystis cariniiおよびAspergillus spなどによる感染症に対して感受性が高くなり、呼吸器細胞の標本を検査することによって即時に診断することができます。

標本採取の技術
肺癌の診断にあたって細胞採取のために用いられる主な手技は5通りあります。最も古くから用いられる基礎的な手技は、喀痰を採取し自然に剥離した細胞を検討するものです。気管支鏡的手技には、気管支洗浄法、気管支擦過法および気管支肺胞洗浄法が挙げられます。最終的には、X線ガイド下または気管支鏡下で胸壁から穿刺吸引法を実施します。

必ずしもいずれか1つの手技が他の手技より優れているわけではありません。細胞の採取方法の選択は、担当医師の個人的な好み、患者の状態、病変の位置など種々の因子によって決定されます。手技が異なっても採取される細胞の形態は、実質的にほぼ同じですが、細胞保存および標本の処理によって重要な差が生じます。たとえば、新たに塗抹、固定処理した喀痰と攪拌処理(blend)したものとの間には、肺癌の検出感度に差が認められます。標本の機械的攪拌に起因してアーチファクトが生じれば、未分化小細胞癌および腺癌の検出感度が低下すると思われます。機械的に攪拌することによって細胞断片が破壊され、細胞からムチンを含有する空胞部分が剪断されるため、腺癌の診断が困難になります。固定処理を実施すると、核径が変化し、核クロマチンの染色精度が低下します。たとえば、擦過法または穿刺吸引法によって小細胞癌の核を採取すると、喀痰標本中に認められるものより嚢胞が大きく数が多くなります。標本の採取および処理に溶液を用いる方法が実施されることが多くなっています。こうした方法には特異的なアーチファクトが伴うものであり、診断にあたっては、細胞診を実施する医師がこれを理解しておく必要があります。

癌の診断における呼吸器細胞診の感度および特異性
アメリカ国内でも世界的にも、肺癌は大きな健康問題です。アメリカだけをみても、現喫煙者および喫煙経験者のそれぞれ4,500万例が肺癌のリスクを負っています。肺癌による死亡率を抑えるにあたり最も重要な点は、病期の早い段階で患者を精確に特定することです。診断の目的で肺の細胞診を用いるのであれば、その精度とともに感度および特異性を理解しておく必要があります。感度とは、ある患者に腫瘍が存在する場合、その細胞学的手技を用いて精確に肺癌を検知することができる頻度のことを指します。一般に、癌の細胞診で決定的な結果が得られるのは、喀痰標本で約50%、気管支擦過法、気管支洗浄法または擦過法のいずれかでそれぞれ65%です。CTガイド下で実施すれば特に、穿刺吸引法の感度はほぼ90%と高値を示します。アメリカ病理学会による品質保証計画(Q-probe Quality Assurance Program)の一環として、肺穿刺吸引法の包括的な解析結果が報告されました。436施設で肺穿刺吸引法を実施した患者計13,094例を対象としたこの試験では、穿刺吸引法の感度は89%であり、特異性96%、陽性適中率99%、陰性適中率70%でした。偽陽性率および偽陰性率はそれぞれ、0.8%および8%でした。細胞診で偽陰性が示されるということは、異常な細胞所見が得られないことが標本誤差(異常を来す細胞が採取されなかった)または解釈誤差(スライド標本上に存在する異常を来した細胞を精確に見定めることができなかった)によるものであるため、病理医にとって厄介な問題です。

気管支洗浄法または気管支擦過法と気管支生検とを併用する場合の相対感度は、種々の比較試験によって評価されてきました。Naryshkinらは224例について記載しており、75%に完全に相関関係が認められたとしています。残る25%は、生検および細胞診によって診断されたのがそれぞれ同率であったことから、Naryshkinらは細胞診と生検とを併用する方がいずれかを単独で実施するより、特異的な診断結果が得られる頻度が高いとの結論に至っています。特異性の問題には2つの因子が挙げられます。1つは、悪性腫瘍と診断された場合、実際に悪性腫瘍が存在する頻度であり、もう1つは、悪性腫瘍の定型的な組織型を予測するうえでの細胞診の成功率です。悪性腫瘍について偽陽性の診断を回避するためには、定型的に悪性腫瘍が予測される核の形態を考慮する必要があります。多くの報告から、化生や反応性変化および修復性変化による異型に起因する偽陽性率は0~2%とされています。

特異性の重要な側面として、気道から採取した各種タイプの標本の間に認められる相関関係が挙げられます。喀痰、気管支細胞診による標本、穿刺吸引法による標本と組織学的標本それぞれを比較検討します。Johnstonによる大規模試験では、喀痰および気管支標本から原発性肺癌の組織型を予測し、組織学的診断結果と比較しました。両者の所見が一致した割合は、扁平上皮癌で85%、腺癌79%、腺扁平上皮癌30%、大細胞癌30%、小細胞癌93%でした。すでに述べたように、1つの腫瘍でも標本を採取する部位が異なれば、細胞学的診断および組織学的診断それぞれの所見に相関関係がほとんど認められないという結果につながります。幸いにも、未分化小細胞癌の診断にみる組織学的所見と細胞学的所見との間には比較的高い相関関係が認められ、これが治療法選択に重要な点となっています。

気道にみる正常細胞診像
気道は中咽頭部を介して外部環境と連絡している器官です。このため、呼吸器の標本には、多岐にわたる外部の物質(花粉や含鉄小体など)や口腔内汚染物質(CandidaおよびActinomycetesなど)が認められます。

正常呼吸器標本に認められる細胞には、線毛円柱上皮細胞、無線毛円柱上皮細胞、マクロファージ、終末細気管支の上皮細胞および炎症性細胞が挙げられます。それぞれの細胞数および細胞比は、標本の種類および基礎疾患によって異なると思われます。

上皮細胞が、感染症による損傷、放射線療法または化学療法に対して重要な反応性変化を呈することがあります。このため、患者の病歴を考慮して、細胞および核の巨大化、クロマチンの変化を解釈する必要があります。

気道を冒す感染症
いかなるタイプの菌種でも気道が冒されるおそれはありますが、細胞形態に変化を引き起こすもの(ウイルス封入体など)または肉眼的に確認される菌種(真菌菌糸など)については、細胞学的検査が最も有用です。この節に示す顕微鏡写真は、最もよくみられるタイプの菌種です。ウイルス感染として、単純ヘルペスウイルスおよびサイトメガロウイルスが挙げられ、いずれも特徴的な核内封入体の産生が認められ、サイトメガロウイルスは細胞質内封入体を産生します。

細胞診によって特定される頻度の高い真菌感染に、Aspergillus sp、Candida sp、Cryptococcus neoformans、Histoplasma capsulatum、MucomycosisおよびBlastomyces dermatiditisがあります。

肺癌にみる重要な形態学的特徴
肺癌の主要な型については、組織型の異なるものが並存していることがあるため、その形態学的特徴の境界は曖昧であることが多く、診断にあたって問題が生じることがあります。たとえば、非小細胞癌には小細胞癌の組織が5~10%並存しています。非小細胞癌とは、扁平上皮癌、腺癌および大細胞癌が、単独または複数認められるものを指します。

扁平上皮癌
扁平上皮癌の細胞は凝集してシート状の配列を呈するか、壊死を来していれば独立性に認められることが、昔からに明らかにされています。これによって形状と大きさの範囲がわかります。細胞は小さく角化異常が認められ、化生細胞よりわずかに大きいか、場合によっては直径が正常気管支の上皮細胞程度となることもあります。角化型の肺癌であれば、腫瘍細胞にオタマジャクシ型やケラチンパールが認められるなど、奇異な形状を呈することがあります。

細胞質の特徴に基づいて、扁平細胞の分化がみられるかどうかを判断します。これには細胞質の境界線、好塩基の染色によって細胞質ケラチンがオレンジ色または深みを帯びた色を呈するかどうか、細胞の外径を取り囲むケラチンフィラメントが認められるかどうかなどの点を評価します。

悪性の細胞は核の特徴を評価すれば特定されます。核は肥大し、深い溝や鋭角の屈曲(sharp angulation)、間隙が認められることがあります。核膜の厚みは不整となります。クロマチンは不規則な集塊となるか、密集して核が不透明になります。核小体が存在すれば、数が増大し形状が不整となるのが典型的です。

良性疾患でも扁平上皮癌に類似する所見が示されることがあります。化生上皮が化学療法や放射線療法、場合によっては炎症性疾患(アスペルギルス感染、肺梗塞など)によって刺激されると、その化生細胞が腫瘍細胞様の所見を呈することがあります。低分化型扁平上皮癌であれば、その他の低分化型の癌との鑑別が困難であり、肺に由来するものであるのか転移巣に由来するものであるのかの鑑別も困難です。

腺癌
腺癌とは、肺では典型的には末梢部位に発生するものです。腺癌は現在、女性にみる発生頻度の高い悪性腫瘍のうち節2位を占めているため注目されています。腺癌のうち最もよくみられる組織型は腺房腺癌です。この型は分化の程度に応じて、中心に腺腔を形成する立体的な腺構造が認められます。分化の程度が低ければこの特徴が認められず、診断は細胞質の特徴に基づいて決定されることになります。腺癌は細胞質が豊富で、空胞化または泡状化を来しているように見えます。細胞質ケラチンが少ないため、腺癌の細胞質の境界は扁平上皮癌よりも鮮明さに欠けます。

腺癌の核は丸みを帯びているのが典型的であり、扁平上皮癌と比較すると大きさも形状も比較的不整であるといえます。クロマチンは胞状であり、核小体が存在する場合には通常、核の中心に位置しています。

腺癌が末梢細気管支の上皮に発生することがあります。こうした腫瘍は細気管支肺胞上皮癌としても知られており、臨床的にも形態的にも特有の特徴がみられます。

細胞は形態的に著しく不整を呈します。大きさは肺マクロファージ程度で、丸みを帯びた細胞が花弁状に配列しています。核クロマチンの色は薄く、ほぼ透明であり、細胞の中心には丸みを帯び隆起した核小体がみられます。肺梗塞が末梢細気管支細胞に反応性変化を引き起こすことがあり、これが細気管支肺胞上皮癌として解釈されるおそれがあります。

未分化大細胞癌
未分化大細胞癌とは、細胞に扁平上皮または腺の分化という特徴が認められるものではなく、細胞が「大きい」ものを指します。細胞は巨大かつ多形型であることが多く、核の特徴から明らかに悪性であることがわかります。核が多核化し、クロマチンは集塊を来すが密ではなく、大型核が認められることがあります。単一の細胞種が多数を占めるため、鑑別診断として黒色腫および大細胞リンパ腫など種々悪性腫瘍を考慮する必要があります。

未分化小細胞癌
未分化小細胞癌にみる細胞の直径は、小リンパ球の約1.5~2倍に相当します。この細胞は丸みを帯び人参に近い形をしています。倍率が低いと、腫瘍細胞が細胞質を欠いているように見えますが、倍率を高くすると、保存状態の良好な細胞には辺縁部の薄い細胞質が確認されます。細胞が孤立性に認められ、呼吸器粘膜内に一直線上に配列しているか、密ではない集塊として認められます。腫瘍細胞がそれぞれを取り囲んで形成していることが重要な特徴であり、その結果、粘膜下組織の一定の領域に腫瘍が急速に増殖することになります。このほか、細胞診を実施する医師にとって診断時に重要となる特徴は、「ごま塩状」を特徴とするクロマチン所見、個々の腫瘍細胞が壊死を来している細胞集塊および細胞質にみる量の低下です。小細胞癌には、直径がリンパ球の約3倍の大きな細胞が認められることがあります。これは、1981年のWHOによる定義にみるように、小細胞癌の中間サブタイプと考えられるものです。この腫瘍と低分化型非小細胞癌とを鑑別するのは容易ではありません。特に、大細胞癌にきわめて近い神経内分泌系の癌にみる、いわゆる大細胞型との鑑別は困難です。

小細胞癌の鑑別診断として、予備細胞の過形成、粘膜肥厚、リンパ球をはじめとする小細胞の腫瘍を考慮する必要があります。これまで問題となることが最も多かったのは、予備細胞の過形成です。予備細胞は正常であれば、上皮基底膜に沿って配列し、気管支上皮細胞の前駆体となります。気道が刺激を受けると、予備細胞の増殖を促します。数点の特徴を踏まえておけば、精確に予備細胞を特定することができます。予備細胞の大きさは小リンパ球とほぼ同じ程度で、クロマチンが密集しているものの、ごま塩状の特徴も小細胞癌の核小体も認められません。予備細胞とはほぼ間違いなく密に集塊を来し、その集塊内の細胞が、小細胞癌の特徴である極度の鋳型核(nuclear molding)をみることなく、細胞の境界を保持しています。

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